「この一瞬にすべてを込めて」
下松市立久保中学校 3年 岡村 美咲
私たちの人生は、数え切れないほどの一瞬の積み重ねでできている。一年、一か月、一日、一時間、一分、一秒。どれも貴重な時間だ。私たちは往々にして未来ばかり考え、過去に囚われ、肝心の「今」を見失うことがある。私もそうだった。
中学二年生の冬。その日はいつも通り、大好きなハンドボールを、大好きな仲間たちとプレーしていた。その日行われるのは三試合。第一試合から、予想もしなかった未来が待っていたのだ。前半、戦闘を繰り広げている中で相手選手と衝突し、後頭部を強打した。痛かったのかもしれないが、私は、試合のことだけを考え、そのままプレーを続けた。大丈夫だろう、そんな軽い気持ちで残り二試合も終え、帰路に着いた。その日は、珍しく帰りの車の中からどっと疲れが出て、帰宅後、すぐに休んだ。翌日から、頭痛が続いた。病院では、脳振盪と診断された。「休んでいればすぐ治る。」私は、自分にそう言い聞かせた。
しかし、数週間後に私の生活はガラッと変わった。いつも通りに学校生活を送るのが辛いのだ。クラスメイトの声、机や椅子などの物音、全てが普段の五倍くらいの音量で耳に入ってくる。さらには、照明や太陽光などの明るい空間にいることも辛かった。
次の受診で迫られたのは、二週間の点滴入院か自宅療養の二択。「家がいい。」私はそう言った。自宅療養中は、毎日2ℓのスポーツドリンク摂取、食事やトイレ、風呂以外は横になる。これが、私に与えられた、体を治すためのものだ。今まで普通に過ごしてきた日常ががらりと変わった。分かってはいても、何もできない日々の苦しさ・辛さは、今でも鮮明に思い出すことができる。
それを変えてくれたのは、一人の同級生。一緒にたくさんの水分をとってくれた。学校もあるのに、たくさんの言葉をくれた。おかげで、私の苦しさは楽しさに変わっていった。
三年生。私は自宅療養から解放され、毎日楽しい日々を送っている。幸せだ。勉強できること、友達と他愛のない話をすること、そして、何より、こうして学校に通えることが。それまでの私は、友達と話をすることは当たり前だと思っていた。勉強するのが面倒くさいなと思ったこともある。大好きなハンドボールだってそう。きつい練習の時、思い通りのプレーができず先生に怒られたときは、嫌だなと思った。でも、今まで何気なく行っていた、当たり前と思っていたことが、実は当たり前ではなく、有難いことなのだと気付いた。
ハンドボールができなかった期間は、本当に辛かった。再びコートに立てるようになったのは三年五月。それまでは、チームメイトのために準備や声出し等、できることを頑張った。その中で、試合にでるのは当たり前じゃない、たくさんの人に支えられているからこそプレーできるのだと実感した。また、コートに立てない人の辛さも分かった。試合に出たいという思いは、誰だってある。だから、コートに立てて当然ではなく、コートに立てて有難いという気持ちをもってプレーしたいと強く思うようになった。久しぶりにチームメイトと練習をした日の感動は、これからも忘れることはないだろう。そして、今まで以上にハンドボールが好きになった。
人生は何が起こるか分からない。私は、この経験以来、「今」を意識するようになった。一流のアスリートやアーティストは、限界を超えた最高のパフォーマンスをするために、練習や準備の段階から、「今」に全神経を集中させている。私はアスリートではないが、後悔しないように「今」を精一杯生きていきたい。そして、その「今」を「明日」という未来に繋げていきたい。だって、今の私は、過去の私が作ってくれたものだから。